榎木孝明 オフィシャルサイト

トップページ » コーヒーブレイク

コーヒーブレイク

2017年9月1日

  空が白み始める頃、今の夏の季節の目覚めの一番は蝉たちだと御存知でしたか。緑の少ない都会で七年間も土の中で過ごし一週間の命しかないという蝉たちは、ここぞとばかりまさに命がけで夜明け前からその鳴き声を競い合っています。そんな必死さを思うと、蝉の声がうるさいなどと言ったらバチが当たるのではないかと思ってしまいます。

  私の最近の生活は深夜3時前後に一度起きます。それも何故か自然に目が覚めるのです。本を読み、台詞を覚え、瞑想して空が白み始める頃にはベランダに出て体を動かします。そこで先の蝉の声が聞こえる訳です。

  蝉たちの次に活動を始めるのが鳥たちです。カラスは寝ぐらから餌場へと集団で移動します。隊列を組んだその様は、いわゆる家族の早朝出勤とでも言いましょうか。雀たちはチュンチュと可愛い声を上げ、屋根から屋根へと飛び廻っています。それが楽しそうだなと思えたら、意外と自分の一日も楽しいものになります。

  そうこうしているうちに太陽が東の空でドラマの演出の準備を始めます。観客は私一人ですが、天気が悪い日以外は徐々にピンクに染まりゆく東の空を楽しませてもらいます。その時間はごく短くて、写真ではピンクの本当の綺麗な色はなかなか出ませんが、朝焼けの景色をお届けします。

  ひとしきり東の空のドラマに満悦した後、もう一眠りするというのが私のパターンですが、それは小さな至福を感じる瞬間でもあります。

榎木孝明

このページの先頭へ

2017年8月1日

  天変地異と言う言葉をつい思い出してしまうような、世界的な異常気象が続く今日この頃です。この度の大雨で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りしますとともに、災害に遭われて今もまだ不自由な生活を強いられている方々にお見舞いを申し上げます。

  いくら科学が発達し生活は便利になったとは言え、自然の脅威に対して私たち人間一人一人は何と無力なのだろうと思ってしまいます。

  さて6年前に孤軍奮闘で始めた「時代劇再生運動」が少しずつ形を成してきました。7月にはこの運動の受け皿となる一般社団法人「時代文化みらい機構」を立ち上げました。

  この運動の一つである大時代村プロジェクトは既に京都で始まってますが、これからやる事はホームページの作成。会員の募集。そして資金が出来次第にかつての偉人を一人掲げて脚本の募集をします。優秀作には賞金をつけて、それを映画化すると言う触れ込みで…。並行して既に映画「地上の星~二宮金次郎伝~」の制作が始まっています。こちらは近々その制作発表をお届けする予定です。

  これから本格的な資金集めもしなくてはなりませんが、その賛同者を募るのがこの運動の最大の要です。既に賛同を得ているのが武士道協会、日本映画俳優協会、シナリオ作家協会、美術監督協会、映画議員連盟などです。これからもっと様々な個人や団体の輪を広げて行きます。

  夢は現実を創る!私の壮大な夢はまだ始まったばかりですが、頭の中では既に大きく成長しています。会員募集を始めたらあなたもこの夢に参加しませんか。

榎木孝明

このページの先頭へ

2017年7月1日

  九州大分の美術館にこの春から新しいメンバーが2人増えました。少路和伸(しょうじかずのぶ)先生と城本敏由樹(しろもととしゆき)先生です。お二人とも個性豊かな素晴らしい作風で、美術館が新しい力を得ることが出来ました。

  先日、城本先生のアトリエのある瀬戸内海の某島をお訪ねしました。芸術家で名を成す方々のお話はいずれも面白いものですが、先生もその例に漏れず波瀾万丈の面白い人生譚を伺いながらとても楽しいひとときを過ごしました。

  そのアトリエは雄大な規模で、海辺から山上まで6万坪の敷地に、先生ご自身が石垣をこつこつと積み上げて色々な施設を作り、風光明媚な癒しの空間が広がっていました。
  まだ完成半ばではありましたが、自分の理想を形にして作り上げていくそのパワーには敬服いたしました。自分はこれまで夢ばかり追いかけて家族やその周りにほとんどいい思いもさせて来ていないのを今更ながら反省したりもしました。

  昨年の熊本地震の影響から私の美術館のある大分も、やっと観光地としても立ち直りつつあります。これまでの作品に加えて、お二人の力強い作品の数々が美術館には常設されています。その素晴らしい癒しの美術館へ、お近くへお越しの折には是非お寄りください。

榎木孝明

このページの先頭へ

2017年6月1日

  夢はよく見る方でほぼ毎日と言っていいほど見ています。特に面白い内容の時は目覚めてすぐに文章にすることにしています。いわゆる夢日記と言うやつです。やけにリアルな夢もあれば荒唐無稽なものもありますが、いつもきれいな色付きです。

  食べ物の夢は滅多に見ないのですが、今朝は珍しくカレーライスを食べる夢を見ました。しかも味まではっきりと覚えていたのです。作り方は極めてシンプルで余計な味付けがなく、カレーの原型と言える味でした。それがとても美味しくて・・・。

  夢の内容は何らかのきっかけがあるのかも知れませんが、今朝の夢のきっかけがつい先日の出来事にあったような気がします。先日、瀬戸内の友人から送ってもらった新鮮な魚を煮付けにしたのですが、味付けを少々凝りすぎてかえって不味くなったことを反省していたのです。何事もシンプル・イズ・ベストであることを、この夢で教えられたような気がしました。あの美味しかったカレーライスに、いつかどこかで出会えるのでしょうか。幼い頃に母親が作ってくれていた味にも似ていたような気もしますが・・・。

  趣味は何かと聞かれると、最近は“うたた寝”と答えることにしています。仕事の合間のちょっとした待ち時間に居眠りをすると、直ぐにとても心地良い夢を見るのです。それは時間の概念を飛び越えて、私の魂が次元を超えた旅をしているとしか思えないような不思議な夢なのです。目覚めた後は、気分も肉体も活性化してそれまで感じていた疲れも吹き飛んでしまっているのがいつもの事なのです。いつでもどこでもすぐに眠れる私の体質にはぴったりの趣味だと思っています。この文章を書いている今もまた居眠りをしたくなってきました。Zzz Zzz Zzz ΩΩΩ・・・

榎木孝明

このページの先頭へ

2017年5月1日

  あなたは犬派?猫派?どちらですか?
私の小さい頃の犬猫に対するイメージは随分と違うものでした。

  私の鹿児島の田舎の実家には、小さい頃から犬も猫もいて家族のような存在でした。父親は公務員でしたが、田んぼも畑もありほぼ自給自足の生活でした。犬と猫以外にも山羊や兎や鳩や鶏も居てそれはそれは賑やかでした。犬も猫も外で飼うのが普通でしたから、私が初めて東京に行き知り合いの家に遊びに行った時、犬が部屋の奥から尻尾を振って玄関に出てきた時、思わず犬が家に上がってますよと注意した位でした。

  田舎でも犬はさすがに鎖で繋がれていましたが、散歩の時には鎖を外して一緒に野山を走り回っていました。猫は野性がとても強く、2・3日姿を見なくても別に心配するほどの事はありませんでした。帰ってきた時は体のそこかしこが傷付いていることも珍しくありませんでしたが、またどこかでライバルと決闘して来たなと言う位でした。野ネズミや雀もよく獲って帰り、人に見えるところで自慢げに戦利品とばかりにむしゃむしゃと食べていたりしました。

  猫の名前は「シロ」と言って随分と長生きしましたが、最後はよぼよぼになりながらも、これも野生が強いせいでしょうが、どこで死んだのか自分の姿を見せないで帰ってきませんでした。犬は「レオ」と言いましたが、最後は犬小屋の脇を深く自分で掘ってその中で死んでいました。

  都会では犬も猫も野生を発揮する場もないままに一生を過ごします。そんな犬猫も田舎に行って自然の中で生活をさせれば、本来の野生を取り戻すものなのでしょうか? 癒し満点の猫たちを5月にはギャラリーに飾ります。ホッと一息つきにお寄りください。

榎木孝明

このページの先頭へ

2017年4月1日

  2年ほど前から私の一つの懸案であったと古武術とラグビーのコラボが、やっと一歩前進しました。日本ラグビーフットボール協会に以前から現役のチームへの紹介をお願いしていたのですが、今月お会いした方がとても興味を持っていただき、某プロチームの部長や監督と合わせてもらいました。その結果先日はそのチームの稽古場に呼んでもらい、実際に古武術を選手達に体験してもらいました。反応は上々でしたが、この先どこまで本気で古武術の発想を受け入れてくれるかが問題になるでしょう。伝統を重んじるあまり、前例のないことを中々受け入れられない人々も実際には多いですので・・・。

  そしてもう一つの問題がサポーターである私達のことです。日本人の体質として強い者には応援はするが、弱いとそっぽを向いてしまう傾向が強いと云う事です。野球やサッカーは選手の層が厚く、全体が強くなって面白味が出て来たから応援はしますが、ラグビーがその体制になるにはまだまだだと思います。

  相当に高い世界レベルでのラグビーの戦いは、昨年南アフリカに勝ちはしましたが、体力、体格、能力全てにおいて日本はまだまだ世界レベルではないのも事実です。日本ラグビー界がこれまでの常識をかなぐり捨てて、古武術的な気を取り入れることで、日本の新しいラグビーの概念を打ち立てようと本気モードになってくれたら、とてつもなく面白いことが始まる予感がします。古武術そのものが私達の常識を超えた世界ですので、もしそれを今のラグビー界に取り入れたいと云う要望が出て来たら、私も本気でサポートをしてみたいと思っています。皆様もどうぞ応援してください。

( 興味のある方は動画がYouTubeの「榎木孝明の古武術教室13」に上がっています。)

榎木孝明

このページの先頭へ

2017年3月1日

  今朝のニュースに死後離婚が取り上げられていました。これは夫が先に亡くなった場合、残された妻と義理の親との関係を解消するために離婚手続きをするという話です。どちらかと言えば妻が残された自分の人生を、義理の親の介護に費やす義務があるのかというところからの発想かと思います。立場の違いで賛否両論ありましたが、時代の変化とともに人間関係も人の気持ちも移ろうものだと実感しました。

  一昔前まで離婚そのものが暗いマイナスイメージを伴っていました。しかし今では結婚した人の3割強が離婚をするそうで、個人的に悪びれる必要もなく当然の権利として社会の仕組みに取り込まれています。

  昔の日本の社会では結婚後、夫の籍に入った妻はその家に属する者との常識があったかと思います。しかし女性の社会進出に伴い男女の役割も変化してきた現代、家そのものの制度も時代の流れと共に変わるのも当然なのかも知れません。

  そんなニュースを見ていると我が家の今後を考える人も多いのではないでしょうか。榎木家では母が昨年亡くなり既に両親はいませんからその問題はありませんが、良い悪いの問題ではなく虚心坦懐に時代の流れとして受け止めるべきかと思いました。ただ死後離婚を申し立てる妻は、将来自分の子供からも同じ問題が出るかも知れないと言う覚悟も必要かと思いました。

榎木孝明

このページの先頭へ

2017年2月1日

  今、身体と脳のバトルが私の中で繰り広げられています。どちらも同じ私なのに不思議なことです。

  少しわかりやすく解説しますと無意識、本能とも言える私の身体は、ご飯を食べるなと言います。食べないことで健康を増進出来るのが分かっているからです。一昨年の「不食」で私の身体は内臓疾患や膝の痛み、勘の冴えや身体機能等、それら全てが好転することを知ってしまいました。だから私の身体はそれを求めています。

  一方私の意志、欲望とも呼べる脳は、食べろと言う指令を出します。恩師を訪ねて心こもる料理を出された時、親しい友人達と語らう為に会っている時、そして家族との生活において私の脳は、食べると言う選択を求めています。

  今のところ脳が勝っていて、つい食べてしまっています。身体の声も聞こえてはいるものの、このバトルは今は脳が一歩リードをしています。あの「不食」の時には強烈な目標があった為に、身体のリードを許していたのですが・・・。

  将来人間がもっと進化して行くと「不食」「少食」「節食」は恐らく医者いらずで癌すらも治して行き、長寿の条件になるかもしれません。脳が勝っている今の私は、現代人の代表として日々を生きる段階にあるようです。私の身体はまた近々、減量の必要な役を待ち望んでいるような気がしています。

榎木孝明

このページの先頭へ

2017年1月1日

  明けましておめでとうございます。さて今年はどんな年になりますか。期待の年が始まりました。昨年は世界では良いこと、悪いことの様々な出来事がありましたが、今年はそれ以上のことがありそうです。なぜなら大きな変革期を迎えていると思うからです。日本では世界の動きをニュースで知るだけで、なかなか実感として肌で感じるのは少ないのかも知れませんが、いま世界は確実に大きく動き出しています。

  自分の目標を現状維持するのに止めず、いかにステップアップ出来るかに置きたいと思っています。その手始めとして「時代劇再生運動」の呼び名を「一期一会サムライプロジェクト」と改めて、その受け皿となる組織作りをしたいと思います。
皆様にも色々な呼びかけをしていきたいと思っていますので、今年もどうぞよろしくお願い致します。この今をワクワクと生きていきましょう。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年12月1日

  今年も残り少なくなりました。還暦を迎えた今年は自分にとって大きな節目の年だったように思います。これまでの自分、これからの自分を色々と考えさせられました。

  18歳で芝居を始め、絵はそれ以前から描いていますので、ほぼ半世紀ほど描き続けていることになります。これまでに全国津々浦々をスケッチして来ましたが、来春に予定をしているある個展に、すべての都道府県の絵を出してみようかと思っています。しかし全ての都道府県を制覇しているとは言え、まだまだほんの一部の景色に過ぎないとも思っています。同じ場所でも四季折々の季節の変化によって景色もまた変わりますから。

  地方での個展では、なるべくその御当地の絵も描くようにしています。そんな時に共通して気づく事は、そこの地元の皆さんが意外と地元の景色の美しさに気づいていないことです。日常の中で景色は通り過ぎるものとなっていて、立ち止まってその景色に見入る事はほとんどないと言うことでしょう。私が描いた絵を見て改めて、自分はこんな景色の中に住んでいるということを認識されるようです。身近な美しさに気づくことに、少しは貢献しているようです。

  還暦だからと云う訳でもありませんが、色々なことへのこだわりが無くなって来たのを感じます。その分、芝居の範囲も広がって来ました。絵画の中にも余計な物が省かれて来ました。この歳での新たな挑戦と時代劇の集大成とを同時進行する様な、来年はそんな年に出来ればと思っています。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年11月1日

  “ふるさとは遠きにありて思うもの”と明治の歌人は詠んでいますが、当時の交通事情は今と違い、一度出た生まれ故郷には、帰りたくてもなかなか帰れるものではなかったことでしょう。それだけに尚更ふる里への想いは、より神聖で憧れも強かったことだろうと想像します。

  先日、秋晴れの一日を久々にふる里でスケッチしながら過ごしました。故郷を離れてすでに42年が経ちましたが、野山の景色はほとんど変わっていませんでした。しかし空き家が随分と増えたことと、独居老人の多さに時の流れを感じました。絵にしたい場所がいっぱいあり過ぎて、とても一日だけでは時間が足りませんでしたが、絵を描くのを理由にして、又帰省するのもいいかなと思いました。

  夜は同級生たちが集まってくれて、楽しい飲み会でした。学生時代を共にした仲間で飲む焼酎の味は格別でした。酒ももちろんですが、時が過ぎた日々を全て美しい思い出にしてくれます。遠くにありて思いを馳せるふる里もいいですが、再び帰って良き仲間たちと旧交を温めるふる里でのひと時は、私にとって至福の時間です。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年10月1日

  アニメ映画「君の名は」が9月下旬時点で興行収入100億円突破の快挙を上げました。アニメ映画はこれまでジブリの一人勝ちでしたが、日本アニメ界の新しい才能がいよいよブレイクし始めた観があります。

  私が見た時の映画館の客席には若者だけではなく年配の方々も結構いらして、その支持層の厚さを感じました。内容は男女が入れ替わり時空を旅すると云う、ひと昔前には考えられなかった内容ですが、バーチャルリアリティー(仮想現実)が急速に認知され、それが現実生活にも反映されて来た証なのかなと思いました。

  近年、時代の変化がアナログからデジタルへと急速に変わって来ました。その変化の速さについて行くのも大変ですが、根源的な人間の心理は変わらないと云う信念は大事かと思います。

  今回のアニメが多くの人の支持を受ける要因は色々とあると思いますが、画像の美しさへの感動、相手を思う切なさ、人が幸せになって欲しい願い等は、時代がどんなに変わろうとも人間にとっての普遍的感情です。そこを踏まえてこそのヒット作品になっているのだと思い、ひと安心しました。

  私達役者の芝居も人間の根源的感情を表現する世界です。今後ますます加速度的に変わり行くであろう世の中に、根源的人間性を心に留め置く大切さを痛切に感じています。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年9月1日

  榎木の榎は木へんに夏と書きます。だから何だと言われそうですが、生まれは真冬の一月にも関わらず夏が大好きです。鹿児島の片田舎の山の中で生まれ育ちました。少年の頃の夏休みは私にとっては天国でした。必死で勉強した覚えはほとんどありませんが、必死で遊んだ覚えならいくらでもあります。

  今の子供たちは知らないでしょうが、私の子供時代は集団での『ごっこ遊び』が全盛の時代でした。警察ごっこ、チャンバラごっこ、陣取り合戦などの遊びのルールを作り、敵と味方に分かれて広い野山を一日中かけずり回りました。夕暮れてへとへとに疲れ、腹が減ってゲームは終了となります。小学校の低学年から中学生まで村の子供たち総勢7 、80人は居たと思いますが、年上がルールを作りそれに年下が従い、年齢に見合った役割を決めます。そんな遊びを通じて、目上目下のやり取りや人間関係など、社会の雛形を自ずと学んでいたのかも知れません。

  夏の暑い日差しが、あの頃の淡く甘酸っぱい楽しかった日々を思い出させてくれます。つい先日もあるドラマの山の中のロケで刀を振るう自分の姿に、何十年たってもあの頃と同じことをしているのに気づき、苦笑しながらも懐かしさで胸がいっぱいになってしまいました。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年8月1日

  近年カフェが百花繚乱・・・カフェ好きの私にとっては嬉しい時代です。いつの頃から呼び名がカフェになったのでしょう。ひと昔前は喫茶店や珈琲屋でしたが、ヨーロッパ風の呼び方のカフェがいつの間にか定着したようです。ひと口にカフェといってもごく身近な処に今や世界中の様式のカフェがひしめいています。フランスやイタリア風の路上にせり出したタイプ、英国式のちょっと重厚なタイプ、古民家風の和のタイプ、そして洒落た今風のデザインまで…。店の内装もさる事ながら、喫茶のポリシーで人気を呼んでいるカフェも少なくありません。

  私は昔からそんなカフェで過ごす時間を大切にして来ました。毎回決まったカフェへ行くのではなく、お気に入りの十数軒の中からその時々の気分で行くカフェを決めています。顔なじみになって出入りするよりも、一人でそっと店の片隅で本を読んだり文章を書いたりするのが好みです。ほっといてくれて、居心地が良くて、コーヒーの味が良いのが条件です。

  かつて数年間、私も自分の水彩画を飾ったカフェギャラリーをオープンしていましたが、いくら自分のお気に入りのスペースを作っても飽きやすい性格のせいで、その日その時の気分で自分から出かけていく方が良くて店は止めてしまいました。

  今日はイタリア風カフェの路上の席で心地よい風に吹かれています。苦めのエスプレッソをちびりちびりと飲みながら、こうしてペンを走らせている瞬間が私の密かな至福のひと時です。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年7月1日

  散歩をしているとたまに気にいった小さな鉢植えを買います。先日たまたま「ウンベラータ」と言う植木を買ったのですが「これは人の背丈ほどに大きくなります。」と言われて、その後近くのレストランで食事をしていましたら、ふと気づいたら目の前の大きな鉢植えがその「ウンベラータ」ではありませんか。なるほど人の背丈ほどの大きさでした。

  我が家のリビングにはこうして買った鉢植えがずいぶん色々と大きく育っています。植物は人の気を受けるといいます。それほど肥料をあげているわけでもありませんが家でもよく育ってくれています。その中でもちょっと自慢なのが「サンスベリア」という、空気を浄化してくれると言われている観葉植物です。数年前にひと月程にわたって、きれいな白い花を次々に咲かしてくれたことがありました。そのことを近くの花屋さんに言うと「サンスベリアは滅多に花をつけないけれど、よっぽど花にとって住環境がよかったのでしょう。」との事でした。その間、甘い香りに包まれてこちらも幸せな気持ちになれたのでした。

  今度の「ウンベラータ」はどこまで大きく育つのか楽しみにしたいと思います。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年6月1日

  散歩するにはもってこいの季節になりました。都内の色々なところへ車で出向き車を止めて、その界隈を歩くのを趣味にしています。書店巡りも好きなので、散歩のエリアに書店があるとよく寄っています。

  今の時代、本を全く読まない世代が増えて出版業界も大変だとは近年よく耳にしますが、そのせいもあってか最近は書店の様相がずいぶんと変わって来ました。どう変わって来ているかと言いますと、書店が単に本を売る場所ではなくなって来ています。まずは本の陳列方法が大きく変わって来ました。
以前は出版社別の陳列が普通でしたが、ちょっとおしゃれな本屋に行くと出版社を問わずジャンル分けの陳列をする店が増えています。そして本の売り場と併設して飲食するスペースやグッズ売り場のあるケースが増えました。しかも飲食しながら売り場の本は自由にそこで読めるから驚きです。

  これまでは新刊本に折り目がついたり、万が一汚されることを書店側は嫌うイメージが強かっただけに、大胆な試みが始まったものです。それに書店にはつきものの万引きも大きな悩みだと聞いたことがありますが、新刊を自由に持ち出して読める事はそれだけ客を信用してのことでしょう。信用してもらえることでこちら側もマナーを守る意識がより高まるのではないでしょうか。なるべく汚さないように気をつけて、気に入った本があれば全てをそこで読みきるのではなくて購入するという、節度を持った利用の仕方を心がけたいものです。
普段はあまり本を読まない人でもそんなおしゃれな本屋があると、つい立ち寄ってみたくなるかも知れません。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年4月28日

  地震、雷、火事、親父と言われる怖いものベスト4のうち、最後の父親の威厳が近年地に落ちて来てそろそろ外されそうですが、人智の及ばない自然災害には私達人間の存在の儚さを感じさせられます。

  地震国日本にまた大きな地震が起きてしまいました。九州で犠牲になられた方々のご冥福を祈るとともに、被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。東北の大震災の記憶もまだ冷めやらぬうちに、次々と人類はいろいろな試練に立たされる観があります。昔から言われる 「天災は忘れた頃にやって来る」が、最近は忘れぬうちにと書き換えられそうです。

  英国の生物物理学者のジェームズ・ラブロック博士が1970年に提唱した「ガイア理論」というものがあります。一言で言えば生きている地球説です。この地球の大気や海の塩分の安定は偶然ではなく、生命が自らの為に創造し維持していると言うのです。この地球上の微生物から植物、高等生命体に至るまでありとあらゆる生命が、一丸となって地球環境を保つために働いていると言うのです。つまりこのガイア(地球)は私達が生命を維持していく上で完璧かつ奇跡の星だと言うのです。確かに空気の成分や気温や太陽との関係など、どれ一つとっても奇跡と呼ぶにふさわしい事だと思います。しかし残念ながら私達は生きていることがあまりにも普通すぎて、その奇跡にはほとんど気づいていませんが。

  私には今回の地震もそうですが、様々な災害は人類に対しての警鐘に思えてなりません。この奇跡の星のありがたさに私達人類が気づき感謝した時、人類の生き方そのものが変わって来るのではないでしょうか。そもそも同じ星の住人同士が傷つけ合うのはおかしなことですし、地球環境を自分達の利益の為に利用するだけして破壊していることを、私達は一日も早く気づき反省する時が来ているのではないでしょうか。

  それにしても揺れる大地になす術もなく、おろおろせざるを得ない私達人類の何と小さなことでしょうか。謙虚にそして素直に自分の弱さを認めつつ、どうか怒りを鎮めてくれるようにとガイアに祈る気持ちの毎日です。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年4月1日

  近年、大型のショッピングモールが全国展開をしていますが、ついに鹿児島の私の田舎にも今流行のおしゃれなショッピングモールが誕生しました。私の生まれた昭和30年代から日本の商店の形態は年を追うごとに随分と様変わりをして来ました。

  私が小さい頃は個人商店が中心で、地元の何でも屋さんのおばちゃんの店では生活用品から食料品までまかなえましたが、夜7時には閉店していました。たまに鹿児島市のデパートに連れて行ってもらうと、田舎者丸出しの子供心にも特別感を感じたものでした。その後コンビニエンスストアの普及でも大きな変化がありました。時間に関係なく24時間いつでも買い物が出来て、身の回りの必要な物が何でもそろう便利さで、買い物の概念を変えました。

  先頃、田舎のショッピングモール開店記念イベントで呼ばれてトークをさせてもらいました。客層はほっと出来る家族や年配が多くて安心感を覚えました…。そんな変化をする田舎の様子を見て気になることがありました。それは私の小さい頃にあった個人商店の行方です。近年シャッター商店街が全国至る所に増えたのを良く目にします。私の生まれ故郷もその例に漏れず、帰郷の度に歯抜けのように店舗がなくなり、町の活気も失せて来ました。この度のショッピングモールの開店は益々それに拍車をかけることでしょう。

  時代の流れで仕方のないことではあるかもしれませんが、小さい頃に感じていた街の活気や人々の情緒がふと懐かしくなります。あの頃の感覚を求める気持ちが、私に時代劇再生運動を始めさせた切っ掛けの一つかも知れません。便利さを追求した結果が、人と人とのつながりを希薄にし、互いを支え合う優しさを失くしてしまったのでは、余りにももったいないことだと思います。日本人の本当の優しさが、今後の世界の救いになる気がしています。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年3月1日

  近年文章を書く機会が増えて、その為の参考になる情報収集をします。役作りの時にも演じる人物について色々と調べます。今はネット社会の発展のおかげでボタン一つで、居ながらにして様々な情報を得られる便利な時代になりました。しかし便利さの反面、ふと大した苦労もせずにすぐに様々な情報を得られることの安直さと、その情報量の余りの多さを異常に感じる時があります。深く考えずともその恩恵に感謝すれば済むことかも知れませんが、情報を得たことで安心して解ったつもりの自分は、実は膨大な情報にコントロールされているだけではないかと思うことがあります。

  情報番組やクイズ番組そして世界のニュースなど、日々新たな情報を見聞きして知識量が増えたおかげで自分が偉くなったような気がしているのは、実は何か大きな錯覚をしているのでは…と。

  それというのも実は今私の後に、携帯が突然機能不全となり焦っている大学生の息子がいるのです。情報収集はおろか明日の学校の予定すら分からないと騒いでいます。じゃぁ友達に聞けばよいではないかと言ったらその電話番号も携帯の中だと、何とも情けない状況です。

  そんな息子を見ていると他人事ではなく、もし何かの事情で突然すべてのコンピューターがダウンしてしまったら、今の世の中はどうなってしまうかと思ってしまいます。現実に太陽フレアの影響で有り得ると云う説も出ていますが。そうなったらこれまで何ら苦労することなく得られていたコンピューターを頼った情報や社会のシステムが断たれ、一体私達の日常生活はどうなることでしょうか。恐らくほとんどの思考と社会生活は麻痺してしまうのではないかと、唖然としてしまいます。

  コンピューター依存症の蔓延している今の時代に、せめて人間としての存在感はそんな機械に頼らなくても揺るがないような生き方を探したいと思う昨今です。

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年2月1日

  いつも車で通っている道に最近出来た気になる小物屋さんに寄りました。近年、都内のあちこちで目にするようになりましたが、店は小さいながらもこだわりの一品を置くショップが増えて来ました。ここもそんな一つでしたが、とても感じの良い二人の店員さんが対応してくれました。店員のかたわら一人は皮で小物を作り、もう一人はグラフィックデザイナーだとのこと。美味しいコーヒーはその豆も点て方もこだわりがあり、それが決して嫌味な押し付けではない気持ちの良いものでした。

  戦後71年目の今、時代の流れの変化をそんなお店の指向性や人の生き方にも感じます。戦後の高度成長期を経て、損か得かの時代から本物か偽物かの時代へと思考が変化しつつあるのではないでしょうか。この店の商品を見ても、大量生産からアンチ大量生産へ、使い捨てから昔から変わらない良い物へと趣味嗜好が変わって来ているのを感じ取れます。

  同じスタイルをする人が増えた没個性の時代とも言われますが、それも徐々に洗練されてくるとそれぞれの個性が再び際立って来ます。外見だけではなく生きるスタイルも、自分の感じるものを大事にする時代になりつつあるのではないでしょうか。

  敢えて期待するなら、そのスタイルが極めて小さな自分だけの世界に止まらず、より広い世界の中の今の自分の立ち位置を感じる生き方ならば、より素敵な人生になるかと思います。

  【「MJ & Friends」渋谷区神山町3-6 パークステーション1F (03-6407-8301)】

榎木孝明

このページの先頭へ

2016年1月1日

  あけましておめでとうございます。今年は年男で、私にとっての節目の年となります。

  二十代の初め、この世界に入るにあたり芸名を考えたことがありました。ある人にその候補の字画を見てもらったところ「あなたの本名はとても良い字画だからそのままで行ったほうがいい。ただしあなたは大器晩成型ですから、本当の人生が花開くのは還暦からでしょう。」と言われたのです。あの日以来ずっと「大器晩成」と言う言葉が私の脳裏に魅惑的に響いていて、何をもって大器と言うかは判らないにしても、いよいよその日がやって来ました。

  この日を随分と永いこと待っていたようでもあり、アッという間であったようでもあり・・・。これまでに色々と大変な事もあった気がしますが、いつの間にか全ての体験が楽しい思い出に変わって来ました。これから人生の本格的な楽しみが始まるかと思うとワクワクして来て、この地球に生まれて来て本当に良かったと思います。そんなことを言う私を友人達は、お前は幸せ者だと言って笑います。日々、生かされている事に感謝です!

  『無限の可能性』『意識が変わると現実は変わる』『今を生きる』が、これからの私のキーワードです!
今年もどうぞ宜しくお願い致します。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年12月1日

   今年も残りあとひと月となりました。来年、年が明けるとすぐ60歳、還暦です。
若かりし頃はよもや自分がそんなに歳をとるとは思ってもみませんでした。今の若者達もおそらく同じかも知れませんが、誰しも年老いていく自分は想像出来ない、いや想像したくないので、どこかで年老いた自分の想像を無意識にシャットアウトしているのかも知れません。

  私の中には今流行のアンチエイジング的な、若さを保ちたいとか歳をとりたくないなどと言う発想はあまりありません。むしろ如何に素敵に歳を重ねて死に向かうかとの発想を大事にしたいと思っています。
これから残された時間を考えたとき、90歳まで生きると仮定したら、今その3分の2を終えたことになります。
逆算した残りの30年間を如何に生きるかを考えると、これから自分がやりたいことの計画が浮かんで来ます。
正確には頭と身体がちゃんと動ける内となると、実際にはもっと短いかも知れませんが。

  自分に家族がある以上、自分が亡き後のことも考慮する必要があると思います。ただ残すべきものはお金よりも自分が生きた軌跡の方がより大事に思えます。親から子へと受け継がれてゆくべき財産は、土地やお金よりも自分が何を思いどう行動したかの生き様かも知れません。歴史を次世代に継承するという事は具体的な物を残すことだけではなく、どんな生き方をしたのかの記憶かも知れません。

  還暦を目前にした今、残された時間をどう使うかのビジョンがやっとハッキリと自覚出来つつある昨今です。
来年のことを言うと鬼が笑うとも言いますが、とてつもなく面白い本領発揮の次なる人生が始まる予感がしてワクワクして来ます。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年11月1日

  秋の夜は夜更かしをして本を読むのに、なぜか他の季節よりも心地よい時間が流れて行きます。時間を忘れて本の世界に没頭出来るのは私の至福のひと刻です。

  この秋には何回か朗読会の予定もあり、家でも時々声を出して読んだりもしています。その題材の一つが樋口一葉の「たけくらべ」です。一葉さんは五千円札にもなっていて、明治の女流作家では最も日本人に名前の知られた人物でしょう。明治5年生まれで24歳の若さで亡くなりましたが、その作品は今も多くの人に愛され続け、映画や舞台の題材にもなっています。

  秋の朗読会に向けて声を出すことと併せて、文語体の原作も読んでみました。いきなり原作では読みづらいでしょうが、現代語訳と合わせて読むとその古い言葉遣いもよくわかり、学生時代の古文の時間を思い出したりもします。
  文字を読み解きながら、明治時代の東京の下町の様子や人々の生活習慣、風俗までが生き生きと蘇ってくるのは読書の楽しみでもあります。現代とはひと味もふた味も違う日本の良き情緒があり、日本文化の豊かさと人間の面白さをそこかしこに感じます。合わせて主人公の美登利をはじめ登場人物たちの、十代の子供から大人へと成長していく姿が見事に描かれていて、時代を超えて多くの人々に支持され愛されて続けて来た所以だと思います。

  今回の朗読は私の友人の二胡奏者の里地帰(さとちき)さんを誘い、音楽とのコラボレーションをやります。今後は一葉さん以外にも、私の好きな現代作家の作品も同様なコラボを考えています。それを今後のライフワークにして行きたいと云う夢も描いています。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年10月2日

  今年も余すところ3ヶ月を切りました。まさに“光陰矢のごとし”とはよく言ったもので、加齢と共に時の過ぎゆくのが益々速くなるのは本当だと実感する今日この頃です。

  あまり過去を振り返るのは好きではありませんが、今年も色々な役柄と付き合って来ました。今思い出すだけでも警察官、官僚、余命宣告をされた父親、20数年ぶりで娘と出会う父親、家元、明治の偉人、戦国武将、銀行員、刑事局長、警察署長、ヤクザの親分等。その役をやる度に性格がガラリと変わりますから、まさに多重人格者的生き方をしていると言えるかも知れません。

  私は役者と言う職業柄、仕事上で様々な性格の人物を演じているわけですが、実はこれを読んでくださる皆様、役者以外の様々な職業の方々をはじめ主婦の方々まで、この世に生きるすべての人が自分の人生を演じていることに気付かれているでしょうか?しかも自分で選択した結果の人生を・・・。

  生まれる親と場所は選べないと言う方もいらっしゃるかと思いますが、私は自分の親も自分が選んで生まれてきたのだと思っています。もし人生に不平不満を持っているとしたら、自分の選んだ結果に対してのことだと言うことになります。そうして選んだ自分の人生の日常を、自分が演じているのだとしたら・・・。

  私達役者は一般的には大変な仕事だと思われる節があるかも知れません。しかし様々な人生を疑似体験出来ます。しかもその体験が終わればまた元の自分に戻れると言う、楽しい仕事でもあります。人生をより楽しみたいと言う欲張りな人に、役者を目指す傾向が強いようにも思います。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年9 月2日

  あれ程暑かった夏の陽射しがこの一週間で急に秋の気配を帯びて来ました。ふと気付くと蝉の鳴き声が秋の虫に取って変わられています。寝室でもタオルケットから布団に変わりました。
  寝相は自分では悪くは無い方だと思っていますが、今朝方は足が完全に布団から出ていたようで、見た夢がかつて旅をしたことのあるチベット方面の寒い地方での出来事でした。

  夢の中では昔一人旅で行ったヒマラヤの秘境の村らしき処へもう一度行こうと思っています。懐かしい思い出がたくさんあって私を待っている人もいるのですが、どの道を行くのかどうしても分かりません。想いが募り焦っても如何ともしがたし。その後船に乗り変えた私は又違う秘境を目指しているのですが、そこからの記憶が曖昧でキャッキャッと笑う楽しかった感覚だけが残っています。待ってくれ!忘却の彼方に消えていく私の夢よ!! !! !!

夢は私達の最も身近にあって、最も謎の多い世界です。昔から何とか解明したいと思って夢ノートも随分と書いたものですが、残念ながら何の進展もありません。そこにはとてつもない人類の大きな秘密が隠されていて、次の次元へ進化する為のヒントがあるはず・・・と、今でも真面目にそんな夢を見ています。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年8月5日

   戦後70年目の夏をむかえ国会では安保関連法案問題で揺れ、巷では歴史的に重要な意味を持つ戦争遺跡に興味が高まり、積極的に保存策が議論されています。終戦記念日を迎えるこの8月にはテレビや舞台でもその関連作品が多く取り上げられています。
  戦争体験者が高齢化して戦争を知る人たちの意見がますます貴重になってきました。この70年間、日本は全く戦争に関わってこなかった事は素晴らしい事ですが、その本当の悲惨さは体験者から聞くしかありません。本や映像からもその実態をある程度は伺い知ることが出来ますが、後は想像力で補うしかありません。私たち役者の仕事はその想像を基に、時代を超えて表現して伝えると言うものです。

  私は昔から時代劇が好きで様々な過去の人物を演じて来ましたが、30代の頃、自分の想像力の限界を感じてジレンマを感じた時期がありました。一国一城の主である殿様を演じるには、自分はその器に値しないと落ち込んだものです。何とかそれを乗り越えて今に至っていますが、その葛藤の日々は未だに続きます。特に戦争ものでは敵である相手を殺すか殺されるかの生死の極限を演じますから、日常ではありえない感覚の表現が求められます。そんな究極の表現を楽しみにまで昇華させることが、今の私の目標であり且つ喜びです。

  人の生と死の探求は私の永遠の課題です。役者と言う表現の世界を通じて人の生き死にを演じることで、人類の次なる進化の方向が見えて来るような気がしています。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年7月1日

  幸せの尺度は人によって様々だと思いますが、自分を省みてみますと意外と些細なことで幸せを感じていることに気づきます。
  家にいる時は、スープを作ってその味見をする時、洗濯物たたんでいる時、子供達の寝顔を見る時、朝方まだ薄暗い時にベランダで深呼吸をする時など、何でもない日常のひとコマにふとした幸せを感じます。
  では仕事をしている時はどうかと言うと、幸せと言うより喜びを感じる瞬間と言った方が当たっていますが、舞台で生の芝居をしていてお客様の反応を肌で感じる時、講演会で自分の感じることを好き勝手に話をしている時、自分の作った映画の試写会を見ている時などに充実感を伴う喜びを感じます。
  幸せと喜びの違いは、幸せは意識せずともただそこにあるもの。喜びは能動的に何か行動を起こした結果感じるものという違いでしょうか。

  では私が以前から推進している「時代劇再生運動」は何の為にやりたいのかと問われれば、能動的にこの運動をやることで時代に対して人々の意識が変わる事は私の喜びであり、それをやれている自分は幸せであると思うのです。喜びと幸せの両方を味わおうとは贅沢なことかも知れませんが。
  この世に生きている限り国や宗教や人種や民族に関係なく、誰もが幸せを求めているのではないでしょうか。今だに世界の至る所での紛争が止まず日々悲しいニュースが伝えられていますが、自分の主張だけではなく相手を認めることが出来る世の中になって欲しいと思います。例え敵同士であっても互いに家族がいて、みんなが小さな幸せを日々感じていると云う現実を認め合うことで、同じ地球人と云う大きな心になれるのではないでしょうか。それを成し得た時が、私の最大の喜びであり幸せだと思っています。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年6月5日

   「平穏無事」という言葉を皆さんはどう受け止めていらっしゃいますか?戦後70年を経て戦争体験者や戦後の混乱期を生き抜いて来られた方々にとっては、その言葉は一つの目標だったのかも知れません。

  高度成長期に差し掛かった昭和30年代生まれの私の幼少時代、少年時代は社会全体がワサワサと騒がしい時代ではありましたが、頑張ればその分報われて食うには困らない時代に入っていたと思います。その後オリンピックや万博を経て、日本列島改造論等で国民が一丸となり「平穏無事」の目標を達成したかのような世の中になりました。

  しかし私にとっての青春時代はそんな平和で安心な世の中が逆に嘘臭く思え、すでに60年代70年代安保も終わり若者達の苛立ちのはけ口もなかなか無い頃でした。良くも悪くも国民のはけ口に与えられたかのようなレジャー、旅行、スポーツ、音楽などどれ一つとっても興味がわかない、少々ひねくれ者の時代でした。

  そんな中で救いを求めたのが、芝居とアジアへの一人旅でした。かろうじて自分の平衡感覚を保ってこられたのは、このお陰かも知れません。孤軍奮闘ではありますが「平穏無事」では収まり切れない自分の発露をそろそろ探したくなりました。世間ではそろそろ社会からリタイヤして余生をどうするか考える年頃ですが、そんな歳サイクルに反して新しい人生を始めたく思っています。今心に浮かぶキーワードは「無限の可能性」でしょうか!?

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年5月18日

  近年、本や新聞を読まない、いわゆる活字離れが増えたと言うニュースをよく見聞きします。紙媒体そのものが電子書籍にとって代わられつつある現実を見ると、出版社や新聞社等が大きな転換期に差し掛かっていることを感じます。

  最近の急激な情報網とその機器の発達でインターネットがここまで普及してくると、情報源がそちらへ移るのも時代の当然の流れかも知れません。しかし気になるのがこの情報過多の時代において取捨選択の結果、本当に必要な情報だけを取り入れているのかと云う疑問です。
氾濫する情報に埋もれて見たつもり聞いたつもり、そして知ったつもりになっているだけで、物事の本質には大して触れていないことを感じるのは私だけではないと思いますが・・・。欲しい情報を求めて図書館に通っていた頃と比べ、自宅にいながら世界中の情報が瞬時に手に入ります。労せずして得たものは、そのありがたみや価値観が違うのも仕方ないのかも知れません。

  かつて良く一人旅をしていた頃、アジアの奥地へのひと月程の旅を終えて帰国した時、いなかった間の自分にとって本当に必要な情報があまりにも少なかった事にいささか驚いた覚えがあります。最近では世界のどんな辺境の地に行っても情報の方が自分を追いかけてくる時代でもありますが、だからこそいっそう必要なものとそうでないものとの取捨選択が大事に思えてきます。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年5月1日

   人間の活動範囲はこの世に生を受けて成長するにつれどんどん広がっていきます。幼稚園から小学、中学、高校、大学へと、そして社会に出ると当然活動範囲は人との付き合いとともに広がってゆきます。

  若い頃から旅に出たくなる私の性分も、その活動範囲を広げたかった衝動の結果に他なりません。それは地理的範囲の外に精神的範囲も含んでいました。言葉を変えると未知の世界を知りたいと云う欲求でした。

  現代人は一時的旅行は別にして、海外への留学や赴任など長期滞在を望まない人が増えているのだそうです。原因は色々と考えられます。まず世界の政情不安で海外渡航することが身の危険に繋がるのではとの不安が高まったこと。インターネットを始め様々な情報網の発達で身近に世界を感じられるようになった為に、あえて行動に移す必要性を感じなくなったこと。世界の秘境も映像で見られるようになってしまった今では、まだ見ぬ世界への知的好奇心も薄れてしまうのも無理ないかも知れません。


  近年圧倒的に増えた情報量の中で暮らしていると、それを処理する私たちの脳の反応も変わってきている様に見受けられます。ゲーム世代とも言える今の若者は、バーチャルリアリティーと現実が同時進行しているという錯覚を覚えてもおかしくない時代かもしれません。一日に何時間もゲームに熱中する子供たちは、それが終わっても現実生活への切り替えがすぐに出来るとも限りません。

  が、どう見ても手術の失敗による死亡だろうと思える事例についても、ゲームの中でリセットボタンを押し続けて来た少年と何ら変わらない感覚でしかないのではないか、と思うのは私だけではないと思うのですが・・・。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年4月4日

   通信機器の発展、発達で近年最も変わったものは、情報量と交友関係の広がりでしょう。一昔前は論文やレポートを書くにあたり、正確さを期する為には、図書館に通い資料集めから始まったものでした。コピーが一般的になるまでは百科事典からその項目を書き写し、構成をするのにまた大変な手間暇をかけたものでした。それが今はどうでしょう。キーを叩けば世界中のあらゆる情報がたちどころに手に入り、機器の使い方によっては文章まで自分に代わってコンピューターが仕上げてくれます。

  これらの変化が良いか悪いかはそれぞれの受け取り方次第でしょうが、私は労せず身に成るものは余りないように思います。情報量の多さと人間の厚みや魅力は、決して比例はしないように思います。

  好きな言葉の一つに「一期一会」というものがあります。初めて会った人とも別れてしまうと生涯二度と会えないだろうと思う気持ちが、この今と云う時間を真摯に生きようと思わせてくれるのでしょう。しかし今では携帯の番号とメルアドを交換すれば、たとえ世界の果てに離れていようといつでも連絡が取り合えます。声はおろか映像でも互いを見られたりもします。

  こうして昔ながらの格言や言葉が日に日に死語化して行くのでしょうか。どうやら文明の発展と人間性が豊かになるのとは反比例するようです。便利さと引き換えに失われていった言葉は何か、これも検索すればそのリストがたちどころに出てくる時代も近いのかもしれません。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年3月4日

   暦の上では春が来たものの、まだまだ寒い日が続く今日この頃です。

  さて最近良く目にすることですが、山手線に乗るとその車両の全員がスマホをいじって自分の世界にいると云う不思議な場面も、見慣れてくると日常の景色のひとコマに見えて来ます。
携帯電話の普及は国民の9割は越えたかと思われる昨今ですが、今から20~30年前はこんな電車の中の景色は考えも及ばない時代でした。

  よくアジアへの一人旅を繰り返していた30年ほど前の時代、ひと月ほどの旅へ出かけてしまうと連絡の取りようのない時代でした。ヒマラヤのトレッキングなども単独で出かけたりしていましたが、当時のマネージャーから本当に帰って来るのかと本気で心配されたことも何度かありました。
たまに“帰ってこないかも知れないオーラ”が出ていたのかも知れません。旅をしている異国でふとこのまま帰らない人生もありかなと思ったこともありますが、日本を捨てるほどの勇気はありませんでした。

  当時から一旦旅に出ると日本人である前に地球人であるという意識が芽生えたのは、その後何度行っても変わらない私の旅のスタイルでした。他国を旅して日本人である自分がいると、知らぬ内に日本人である自分意識が旅先で出会った事との比較を始め、ついつい不平不満が出てきがちです。貧乏でかわいそうとか不潔で汚らしいとか、そういった気持ちもその比較の延長上に有ります。
その点地球人意識で旅をしていると、色々と見方が変わるのと同時に不思議とどこへ行っても旅先で出会う誰からも違和感なく受け入れられ易くなることに気づきました。

  昨今の世界情勢は相変わらずの宗教対立や、民族間、人種間の争いが絶えませんが、同じ地球の住人同士が互いを差別しあって諍いを起こすのも哀しいことです。
宇宙人の目から見たら不思議な星だと思っている事でしょうね!?

  海外旅行に出かけられる折には、是非地球人意識で旅をされることをお勧めします。
見る景色も対応してくれる人々の反応も、まるで違う世界が待っているかも知れません。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年2月6日

   寒さも本格的になり東京も雪がちらつき冬本番の今日この頃です。
最近読んだ本の中に「食育」の本がありました。予防医学の先生の書かれたその内容は、人の持つ60兆個の細胞が正しく機能するための環境作りに不可欠なポイントに関する理論を、面白く展開するものでした。
同感する部分も色々とありましたが、原発問題や食品問題や環境問題が出るたびに、有識者が言う「ただちに問題はない」とのコメント程いい加減なものはないと云うのに大賛成でした。

  長期的に見れば遺伝子に何らかの影響が出る可能性があっても、その一言で片付けられてしまうと無責任以外の何物でもないと私も常々感じていました。
だったらいっそのこと「この問題は長期的にはどうなるか自分にはわかりませんし責任も取れませんからコメント出来ません」と言った方がよっぽど潔いと思うのですが、立場上何かコメントをせざるを得ないのか、言わされているのか。何とでも取れる曖昧な答えが多すぎると思ってしまいます。

  いずれにしても食文化もこれだけ進んでくると、それぞれの立場の人があれは良い、これは駄目と諸説ごもっともと言える意見が百科繚乱です。後はそのいずれを信じるかは私達個人の問題なのかも知れません。

  私はあまりにも細分化し過ぎた今のご時世に「人は食べなくても生きていける」という不食説に興味を覚え、
世の中の常識に囚われない生の根源に注目してみたいと今思っています。

榎木孝明

このページの先頭へ

2015年1月1日

  2015年 新年のご挨拶
あけましておめでとうございます。今年はどんな年になるでしょう。いえ、どんな年にしようかと考えます。少なくとも受け身ではなく自ら仕掛けていく生き方を選択したく思っています。

  今から7年前に製作した映画「半次郎」もそうでしたが、本当にやりたいのならば待っているのはやめて自ら仕掛けようと思って始めた仕事でした。色々と大変な思いをしたものの、結果的には多くの人々の協力を得て一本の映画を作り上げられた事は、その後の私の大きな自信になりました。三年前からの「時代劇再生運動」もそれを受けて始めたものです。今年はこの三年間の準備期間を踏まえて、その活動をより実践的にしていく年にしようと思います。

  まず、私が常務理事を務めています日本映画俳優協会にその事務局を開設いたします。この協会は往年の映画スター達によって始められたものですが、せっかくあるこの会の名前を今後は大いに使わせていただき、より活性化をする為にも今年は会員を増やし私のこの運動を一緒にやりましょうと広く呼びかけていくつもりです。合わせて政府にも一般企業にも広く呼びかけて、この運動の趣旨をわかってもらうことに努め賛同者を募ります。忘れかけている日本の大切な精神を私達一人ひとりの心に呼び起こすことで、今後の生きる方向を見つけて何の為の人生かを考える切っ掛けに出来れば良いと思います。

  近年、自分の生きる目的は明確になって来ました。誰かの為にそして地球の為に何が貢献出来るかです。それが自分の生きる喜びにつながる事がわかったからです。人生とは苦しむ為ではなく喜ぶ為のものだと思いますから、この運動を通じてより多くの方々とその喜びを分かち会いたいと思っています。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2015年1月1日 榎木孝明

このページの先頭へ

2014年11月11日

  東京でも街路樹が色づき始めて秋もいよいよ本格的になって来ました。ここしばらく京都、山形、大分と地方での仕事が続き、それぞれの秋景色を楽しんでいます。その景色の楽しみ方も十人十色でしょうが、私は昔から絵を描くことによって四季折々の美しさを心にも織り込んで来ました。色々と海外への旅もして来ましたが、日本ほど四季の変化に富んだ国もないと思います。

  私はたまたま絵を描くことによって、よりその変化を実感する機会が多いのかも知れません。仕事柄今まで全国47都道府県の行ってないところはありません。かつては全国で個展を開催する機会も多くあり、その度にその地元の景色も多く描いて来ました。そして共通して気づくことがありました。

  私の描いた地方の絵をその地元の人々が見て、自分の周りにはこんな景色があるんだと感心してくれることです。普段見慣れたはずの景色も絵にすることで新鮮に見えるようで、改めて周りを見つめ直すきっかけになるようです。忙しい日々の中でふと立ち止まり、改めて周りの景色を見ることを多くの人が忘れていることに気づきます。

  人は皆、歳の数だけ四季の変化を楽しんで来ているわけですが、自分の終焉まであと何回それを楽しめるのでしょう。私がこれからある作品で演じるのは、残り数週間の余命宣告を受けた癌患者の役です。病室の窓から見える景色は今生の見納めになるのかと思えば死に逝く者の心情や如何に、と思いながら役作りをしています。誰しも病気や不慮の事故で命は何時失われるか知れません。絵を描く時はもちろん、今目の前に広がる景色もこの一瞬が見納めかと思うと、この美しい自然がいっそう愛おしく思えて来ます。「一期一会」「今に生きる」・・・いい言葉だと思います。

2014年11月11日 榎木孝明

このページの先頭へ

2014年10月10日

  秋の気配も日に日に濃くなり、野山の草木も少しずつ色づき始めました。今京都に正月の時代劇の撮影のために通っていますが、行く度にロケ地の山の色が微妙に変わりゆくのを見るのも、楽しみの一つです。  様々な撮影現場に行くと、必ず待ち時間が有ります。世代を超えた共演者とその間色々な話をして過ごすことになりますが、古い顔見知りだったり新人だったりと、話す内容も相手によって様々です。

  つい先日のこと、何人かの役者同士で話をしていて、役者は皆若いよねという話題になりました。見た目が若く見えると云う事について、私は思わず持論を展開しました。楽しい時間を過ごしているとアッという間に時は過ぎて、例えば実際には3時間経ったのに1時間ぐらいにしか思えなかったりします。たまには苦しい芝居もありますが、どんな役でもそれを演じる間は楽しいものです。だって自分の人格以外を疑似体験しているわけですから、楽しくないわけがありません。その積み重ねの結果、身体が時間経過に反応せずに歳をとるのが遅いのでは・・・と。皆、私の説に妙に納得して聞いてくれました。

  そんな話を和気あいあいとしながらも、本番になると皆気を取り直して役に没頭することになります。
自分の中の時間を止めて!

2014年10月10日 榎木孝明

『P.S.』
【NHK土曜ドラマ「ダークスーツ」全六話・11月22日土曜日の21時より放送開始】

  只今、撮影快調です。日本の某家電大手メーカーの、時代の生き残りをかけた社内抗争の話です。今の世相そのままの、どこかにありそうな臨場感あふれる物語です。
  主役はその改革の急先鋒、一之瀬役に斎藤工さん。新社長の松木役に劇団四季の後輩の石丸幹ニさん。その改革に立ちはだかる大会社の役員達を一人一人味方に引き入れながらの、全六話のハラハラドキドキの企業戦士物語です。その一人目の関門が私の演じる取締役の瀧信介です。一之瀬が信頼する上司の瀧は、ある出来事をきっかけに変節して敵になりますが・・・。

  今回の物語には若手の面白い役者さんも色々出ていますが、役員の役に厚みのある方々が大勢揃っていてなかなか芝居のしどころが面白いです。最近の民放の連ドラにはこれだけの年配の役者さんが揃うのはまずあり得ません。ちなみに竜雷太さん、大杉漣さん、石丸謙二郎さん、大和田伸也さん、柴俊夫さん、深水三章さん、菅原大吉さん、須永慶さん等。皆さんと一緒に現場にいると、私が若手になってしまうのは最近にない体験です。
どうぞお楽しみに!

このページの先頭へ

2014年9月9日

  デング熱騒ぎで都内の公園があちこち閉鎖される事態となりました。季節が変わり気温が下がれば蚊の発生時期も過ぎて自ずと騒ぎも収束するでしょうが、今しばらくはその経緯を見守る時期のようです。幸いデング熱に罹っても死亡率はそう高くないそうで一安心ですが、罹らないことに越した事は無いのは言うまでもありません。

  ここでふと気になるのが、70年ぶりで国内発症の感染者が出たというのは本当なのかなという事です。本当は毎年これに類する患者はいたのに、今年それが確認されたというだけのことではないかとの疑念が全くないわけではありません。私達一般大衆でも様々なメディアを通じて世界の情報を瞬時に知る事が出来る便利な世の中です。しかもその情報で様々な判断を迫られているのも事実です。しかしもしそこに何らかの嘘があり情報操作されているとしたら、私たちの判断基準そのものが不確かなものだと言う事になります。

  かつてこんな体験がありました。ある国の反日運動に火がついて連日日本のマスコミはその映像を流していました。私はあえてその時期にプライベートでその国へ旅行に出かけました。用心と覚悟はある程度していたものの、実際には肩透かしを食らった感じでした。日本で報道されていた映像の雰囲気は町のどこを探してもなく、その国では国民向けの報道すらされていないために、街で誰に聞いてもまずその事実を知りませんでした。実際には地方から出てきた人々に金を払い演出した上での映像を、共同通信を通じて海外に配信するという国策だったわけで、日本のマスコミはその裏を知っているのかは別にして、それを私達は連日見せられていたわけです。その国中が反日運動で盛り上がった状態だと信じ込むのも無理はありません。その旅行中はどこ行っても日本人には会わず、ホテルもレストランもガラガラ状態でゆっくりと旅が出来て良かったと言えばそうですが・・・。

  そんなわけで一方的な情報を鵜呑みにする事のあやふやさと怖さを感じる次第です。もちろんマスコミの中には真実を真摯に伝えることに使命感を持つ人々もたくさんいるでしょう。しかし情報源に嘘があったり悪意があったりする事実も否定出来ません。昔から戦争は情報を制する者が勝利すると言われています。先の大戦はアメリカの情報戦に負けたのも事実でしょう。一見平和に見える私達の日常の中には、私達には知らされていない別の事実があるのかも知れないと疑う事が、今の時代には必要なのかも知れません。

  私達に出来る事は全ての情報を鵜呑みにする事なく、ネットをはじめ様々な角度の情報から真実はどこにあるかを探る事でしょう。そして自分の勘を信じることも大事でしょう。何だかこれは気持ち悪いとか、ちょっと不思議過ぎるとか感じる時は、案外その裏に何かある事を自分の感覚が感知していたりします。疑いを持たなければならない時代には少々悲しいものがありますが、今回のデング熱騒動や原発問題など自分や子供達の健康問題にも直接関わる事は、我と我が身は自分で守る意識が必要な時代でもある事を自覚したいと思います。

2014年9月9日 榎木孝明

このページの先頭へ

2014年7月7日

  今年も既に半分が過ぎました。歳を重ねる度に、時の過ぎ行く速さをより実感します。日々の積み重ねで刻一刻に感じる時間も、ふと立ち止まり過去を振り返ってみると、過ぎた時の速さに唖然とする事があります。
  役者の本分は色んな役を通じて自分を表現する事だと思っていますが、最近は表現したその先に何があるのかを考える様になりました。若い頃には名前を売って一儲けして、好きな物を買って楽しい暮らしをして・・・と誰しも多かれ少なかれそんな事を考えるのかも知れません。しかし今は自分の残された時間で何が出来るのかを考えることの方が大事になって来ました。人生も半ばを過ぎたら、そろそろ自分のことはもういいのでは・・・と人にも呼び掛けられるようになりました。
  そこで今から二年半前に始めたのが「時代劇再生運動」です。この運動は先義後利(せんぎこうり)の精神で時代劇と言う日本人共通のツールを使い、私達の本来の精神性に立ち返りましょうと云うものです。科学が世の中を便利にした分、忘れ去られた大事なものは何なのか。そろそろ物質文明から精神文明へ移行する時代になったのではないでしょうか。これまでに政府関係者やこの運動に興味を持ってくださる市井の方々、延べ一万人を超える人々に呼びかけて来ました。今はその具体化に向けた事務局作りと、多くの人々に一緒に行動しましょうと呼びかける事をやっています。
  最近5年ぶりで武術教室も再開しました。役者には立ち回りで動ける本物の身体を作る事に、一般の方々には古武術を応用した身体能力を高める事に繋がればと思っています。興味のある方は稽古の一部をYouTube「榎木孝明の古武術教室」で紹介していますので覗いてみて下さい。
  この運動が、この世に何のために生まれて来たのか、そしてこれから自分はどこに向かって生きて行くのか、というそれぞれの気付きに繋がって行けば嬉しく思います。

2014年7月7日 榎木孝明

このページの先頭へ

2014年5月13日

  五月晴れの大分の美術館で二日間の春のイベントをやって来ました。九重連山のふもとの飯田高原(はんだこうげん)の雄大な自然の中に美術館が出来て11年が経ちました。「九州芸術の杜」と呼ばれるエリアに私の水彩画館を中心に、他にも洋画家、日本画家、書家、写真家などの建物があり、隣接の私の馬もいる馬場では体験乗馬も出来ます。
  この5月からは日本を代表する日本画家の一人、後藤純男(ごとうすみお)氏のリトグラフ館が加わりました。後藤氏とのつながりは、私のもう一つの美術館がある北海道美瑛町の隣町の上富良野町にある後藤純男美術館との交流からです。後藤氏の素晴らしい作品が九州でも見られるようになり、芸術の杜の充実度がより高まりました。
  毎年春と秋の二回、お客様を迎えてイベントを続けて来ましたが、最近ではそれもすっかり定着して来ました。
   ここには九州で活躍するミュージシャンや大道芸人達による音楽隊があり、イベントでは彼らの歌やパフォーマンスが見られます。プロのミュージシャン達以外にも大分県日田市の三隈高校のギター・マンドリン部の演奏も毎回感動的です。その中で私のトークショーとサイン会もやらせてもらっています。その時々に感じる好きなことを話したり古武術を体験してもらったりしていますが、野外ステージには心地よい風が吹き、話しながら時々夢見心地の気分になります。
  春の柔らかな日差しの中でゆったりとした時間が流れ、こんなスローライフの人生もまたいいなと思う二日間でした。
   11月の紅葉の時期には次のイベントの予定です。まだいらしたことのない方は一度心の洗濯にいらっしゃいませんか。近くには心休まる温泉もたくさんあります。

2014年5月13日 榎木孝明

このページの先頭へ

2014年4月18日

   歳を重ねる度に月日の過ぎ行くスピードが増して、いつからか限られた残りの人生を如何に過ごそうか等と考える様になりました。まだ早いと考える向きもあるかも知れませんが、この際早い遅いとの議論はやめることにします。だって明日何が起きるか分からないと言うのが現実でもありますから。
   私の人生訓の一つに“自分の人生は自分の選択の結果”と言うのがあります。不平、不満、愚痴のどちらかと言えばマイナス思考の部類もたまにはしますが、少し考えればそれも全ては自分で招いた結果です。原因は他の誰でもない自分だと気付けば自分を責める愚はやめようと思い直します。
   そんな選択の一つに健康な心身を保つこともあります。かと言って健康の為に特別何かをしている訳でもありませんが、あえて不健康を招くことはしない・・・と言いますか。つまり暴飲暴食は避けて、精神的に自分を追い込み過ぎず、身体を動かせる範囲で適度の運動をして、何事も中庸、中道を良しとする・・・。要するに平常心を持った誰もが考える平均的な生き方を理想とします。
   ただし一つ自分で気付くのは、その平均的という基準が世間一般的とは言えないかも知れないと云うことです。「世の中の常識論はかつて先人が作った一つの例に過ぎず、自分の内には常に新しい常識が生まれる」と思ってしまう処は、世間の平均的から逸脱しているかも知れません。
   人生も後半戦に入り、そろそろ自分の事よりも世の為、人の為、そして地球の為に何が出来るかを考えています。それもなるべくワクワクして人生を楽しめるような事を・・・。この今を楽しむ為の新たな選択を決意している今日この頃です。

2014年4月18日 榎木孝明

このページの先頭へ

2013年10月11日

   舞台「大和三銃士」は、幕が開き一週間が過ぎ、少し落ち着いて来ました。
今まで何十本と舞台をやって来た中で、これほど熱気に包まれた作品も珍しいかも知れません。私自身も大好きな時代劇であり、舞台となっているのが最も気に入った時代であり、立ち回りもありと、のめり込める要素にも恵まれたこともありますが、仕事に熱くなれることに感謝の日々です。
   作品の内容もさることながら、座長の中村獅童さんの存在がまた良いのです。
今でこそ彼の名前は歌舞伎界でもよく知られるような存在ですが、世襲でこの世界に入った人では無いだけに、かなりの苦労人だったのではないでしょうか。それだけに周りに対する配慮と、作品に取り組む姿勢が半端では無い真剣さを感じます。そんな彼の心意気を出演者全員がしっかり受け止めて、 一つに良くまとまった舞台になっています。
   併せて、この芝居には歌舞伎、大衆演劇、元宝塚、お笑い、ジャニーズ、元四季とジャンルの違う出演者達が居て、それぞれの個性がいかんなく発揮されています。一歩間違うと不協和音になりそうなところが、今回は良い意味の化学変化を起こしているようです。
   日々の舞台は一期一会。ひと月にわたり上演される芝居は、毎日同じではありません。あと何回この舞台が出来るのかと思うと、過ぎ行く時間が惜しくてなりません。こんな舞台に出会えた幸せを感じる日々に、感謝する毎日です。

  今日、 10月11日からAGF(味の素ゼネラルフーズ)の「〈マキシム〉トップグレード ハイブリッド」コーヒーのテレビでのCM放送が開始されました。
その内容は「MAXIMハイブリッド・カフェ」で私の演じるMr.ハイブリッドが、シンメトリーの服装でコーヒーをサービスしていると云うものです。
   コーヒー好きの皆様、インスタントでありながらレギュラーコーヒーの味と香りを楽しめる、ニューコーヒーを是非お試し下さい。

2013年10月11日 榎木孝明

このページの先頭へ

2013年6月4日

    最近、少々時間に追われる感覚はあるものの、忙しく充実した日々を過ごしています。連続ドラマの撮影がありながらも、取材番組の中と個展の為に、絵を描く時間だけはしっかりと確保している感じです。もし絵を描いていなかったらもっとストレスが溜まっていたかも知れませんが、絵を描いている間は無心になれる分、結果的にはストレス発散をしているようです。私にとってその行為は日常の一部であって、呼吸をするのと何ら変わらない普通の事ですが、他人から特別の事のように言われると、自分でも一瞬不思議に思う時があります。

  目の前の景色の一瞬を切り取ることは、光や風を画面に封じ込める事でもあります。昔よく、中世ヨーロッパの絵画を見て何百年も前の光や風を感じていたのが、いつの間にか自分も同じことをやっているのが、不思議と言えばそうなのかも知れません。

  過去も未来も関係なく、この今の光と風を描ける幸せが、私に充実感を覚えさせるのでしょう。最近Facebook上でも毎日一枚の絵を紹介していますので、関心のある方はアクセスしてみて下さい。

2013年6月4日 榎木孝明

このページの先頭へ

2012年10月13日

  「恥ずかしながら生きながらえて帰ってまいりました。」グアム島のジャングルで戦後27年間生き残った元日本軍軍人の横井庄一氏が、私たちに初めて語った言葉でした。

  あれから40年が経ち既に若い人にとっては過去の出来事になってしまいましたが、今静かに横井庄一ブームが始まっています。それは昨年の3.11以降、サバイバルという言葉に多くの人々が感応しているからに違いありません。

   文明の利器の中で暮らしている私達は、災害など一旦事が起きてしまえばなす術もないほど弱い存在です。電気、ガス、水道のライフラインが崩壊し、パソコン、携帯電話等が使えなくなったらと、想像しただけでもパニックを起こしそうなのが現代の実情ではないでしょうか。その想像が現実になったのが昨年の3.11災害でした。これだけの情報社会の中の暮らしが日常になると、その情報を断たれる事が最大の不安材料となるでしょう。テレビ、新聞、インターネット、電話の類が全てシャットアウトしたことを想像するとよく分かります。愛する家族や恋人の安否が分からないと、いてもたってもいられない程の不安感を感じてしまいます。安全が分かったときの安堵感、死亡が確認された時の落胆から「絆」と言う言葉が改めて注目されました。

  「横井庄一氏は特務機関の訓練を受けていたとはいえ、兎に角過酷な環境の中で生き残ってこられました。その生き残るための創意工夫を知れば知るほど、自力で火を起こすこともままならない私達にとっては驚異の世界です。そして何よりもその精神力の強さに敬服してしまいます。人間いざとなったら強いという言葉は信じたいとは思いますが、常日頃からそうなったときの心構えだけは持っていたいものです。危機管理の出来ていないと言われる日本人にとっては、3.11災害は1つの教訓でした。多くの犠牲者の皆様に報いるためにも、生きることの意味と生きる強さを学びたいものです。

2012年10月13日 榎木孝明

このページの先頭へ

2012年7月28日

  平和の祭典オリンピックがいよいよロンドンで幕を開けました。国の威信を賭けての開会式は、イギリスの歴史の変遷を見事に表現したとても好感の持てるものでした。参加国の入場行進は、世界の紛争や飢餓や経済不況をしばし忘れさせてくれるような楽しいひと時でした。

   今年始めた“映画 一期一会プロジェクト”を通じても思う事ですが、今回の開会式で扱われたような国の歴史観が、私達日本人には果たしてどれほどあるだろうかと思ってしまいます。日本人であることを自覚するという事は、日本がどのような歴史を経て今に至ったかを知ることに始まると思います。世界に誇るべき悠久の歴史を重ねて来たこの日本民族の本質を、あまりにも知らずに来たのではないかと思ってしまいます。

   戦後、民主主義国家になった日本は、アメリカ文化の豊かさを目標に変貌を遂げて来ました。勤勉な日本人が驚異的な復興を成し遂げて、小さな日本が経済大国と呼ばれるまでになりました。しかし生活の豊かさと引き換えに、失くしてしまった日本の大切な心もたくさんありました。そこには日本人のアイデンティティーも含まれます。社会の豊かさとは、便利な物があふれて食べ物に困らないことだけでは決してないと思います。自分が今この世にいる意味を問い、初めて人間としての価値を見いだせるのではないでしょうか。自分なりの歴史観を持つと、そこから自分の存在価値が分かって来ると思います。

  もしオリンピックが再び日本で開催される時が来れば、世界に冠たる歴史の国日本を、自信を持って世界に示せるような開会式にしていただきたいものです。そのためには私達日本人の一人ひとりが、日本人としてのアイデンティティーを持つことが必須でしょう。“映画 一期一会プロジェクト”はそんな意識に目覚める為の一つのきっかけになれば良いと思っています。

2012年7月28日 榎木孝明

このページの先頭へ

2012年5月19日

  「時の流れに」

  平均寿命が年々伸びて世界でもトップの長寿国日本ですが、長生き出来るのと、幸せ具合はなかなか正比例しないのが日本の現状のようです。それは世間が老人に優しくない現実があまりに多い処に現れていると思います。

  一昔前は日本中どこへ行っても老人を大事にして親切にするのは当たり前でした。しかし、近年その親切心がとても希薄になってきたのを感じざるをえません。老人力が高まり年をとっても元気な老人が増えたのは良いことですが、若い世代に老人への思いやりがあまり感じられないのは、自分も人生の後半生に入り世間の見方、感じ方の視点が変わってきたせいでしょうか。国の制度の保険や年金が年を追うごとにおかしくなってきても、日本人の性質上だれも抗議の声を上げないばかりか、いつの間にかその変化に甘んじてしまい仕方ないと諦めてしまうのが常のようです。

60年安保の時代までは、私も直接体験しているわけではなく映像で知るだけですが、国全体に反骨精神があり世の中の不平不満を何とか自分たちの力で少しでも変えてやろうという気風がありました。過激な行動を賛美するつもりは毛頭ありませんが、少なくとも思ったことを行動に移す気概があった時代を羨ましく思ってしまいます。そんな活動をしていた人々も今や老境に入り、今の時代と当時を比べてどんな感想を持つのか興味のあるところです。70年代前半の安保の時代を最後に、表立った社会変革への気運は見事に日本人の意識から葬り去られたように思います。これを熟成度が増して社会が成長したと見るか、国民の政治的丸め込みに成功したと見るかで全くその解釈は違いますが、今の若者には安保条約に対して国を揺るがすほどの社会運動があったことすら知らない者が増えているのが現状です。政治や社会への無関心の度合いが増したのは、国に対する興味や日本人としてのアイデンティティが無くなったと解釈をせざるをえません。

  ここで一つ問うてみたいのが保守派も革新派も、右派も左派も果たして本当に自分たちが望んでいた世の中になってきたのかということです。日本は戦後民主化され、アメリカ的経済政策を取り入れて経済大国と言われるまでの成長をしました。その結果日本中に物が溢れる豊かな国へと変貌を果たしました。しかし消費は美徳、日本列島改造、所得倍増等の勇ましい掛け声で働きに働き、やっと手に入れたものが果たして本当の幸せに繋がるのかどうかは大きな疑問です。欲望に任せた物質主義が限りある地球の資源を枯渇させる程掘り尽くし、吐き出された大量の煤煙、廃液そして放射能は環境破壊を引き起こしました。人間の都合で多くの生物種が絶滅し今も日々絶滅危惧種が消えつつあります。様々な汚染が進んできて自分達の生活環境が脅かされて初めて、このままでいいのかとの疑問を持つ時代になりました。

  自分で自分の首を絞める愚かさに気付くのに文明の利器が一役買ってくれています。情報化時代は世間にあまり知られていなかった負の情報も教えてくれます。自分がいい目をみたいと言う欲望のおかげで、足元の地球環境が人の住めない星になってしまったら本末転倒、これほど愚かな事はありません。世界の情報を知り個人の意識から地球意識に目覚めることで今自分は何をすべきなのか自ずと答えが出る、そんな時代に今まさに移行しつつあるのではないでしょうか。

  近年アセンションという言葉が様々なところで取りざたされていますが、私の解釈は自分の生き方の選択が今後の自分の存在を大きく左右する時代になるだろうと言うことです。自分の為だけに生きるのか、それとも世の為人の為そして地球の為に生きるのか、その選択に宇宙がある答えを出すのがアセンションではないかと思っています。ある答えとはとの言及は止めておきますが、時が答えを出してくれる日も近いように思います。

2012年5月19日 榎木孝明

このページの先頭へ

2012年5月8日

  「夢の時間」

   「カルテット!」の舞台が無事に千秋楽を迎えました。
20数年ぶりのミュージカルとあって、昨年引き受けてしまってから正直、かなりのプレッシャーを感じていました。稽古に入る前に台詞が入ってないのに幕が開いてしまうという悪夢も何度となく見ていました。3月に入りいよいよ歌稽古が始まってからも、まだうじうじとミュージカルを引き受けたことを後悔する始末でした。
しかし次第に声も出来てきて歌詞と台詞が腹に入ってくると、あれほど苦痛に感じていた稽古が、徐々に楽しいものに変わっていきました。稽古の日数も十分にあったおかげで、初日には、ある程度の自信を持って幕を開けることができました。

  私の役はリストラされたお父さん。次の仕事もなかなか決まらず家族は崩壊の危機にあります。 そんな時にバイオリンをやっていた中学生の息子が家族でカルテットをやろうと提案します。
高校生の娘がフルート、妻がチェロ、そして私がピアノのカルテットです。いろいろとドラマがありながらも最後には家族が再生するという、自分で言うのも恥ずかしい位、感動の結末を迎えます。
わずか十四回の公演でしたが、最後にはこのまま終わるのが惜しいとまで思えてしまいました。今回のミュージカルは本物の演奏家たちも一緒の舞台に立つという、新しいスタイルのミュージカルでした。演奏家たちの素晴らしい演奏は、お客様もそして私たち出演者も心から癒されるひとときでした。 今こうやって思い出しても本当にあったことなのか、それとも夢の中の出来事だったのかと思えるほどです。

   いい仕事ほど、後で夢の中の出来事のように思われるものです。
以前私が企画・主演した映画「半次郎」がまさにそうでした。人生にそう何回もないように思っていましたが、今回の舞台で、しかもあれほどコンプレックスを持っていたミュージカルで。
人生そのものが儚い夢に思えてしまうこともあります。この春は良い夢を見させてもらいました。

2012年5月8日 榎木孝明

このページの先頭へ

2012年4月6日

  昨年の大震災以来、私達の生き方は何が変ったでしょうか。
地震の頻度も増して日本は動くプレートの上に位置している事を改めて気付かされました。そしていつ何刻どこで何が起きてもおかしく無いとの新たな認識と覚悟を持つようになりました。日本は法治国家で、きれいな水が豊富で、電気・ガスが普及していて・・・等の安心安全神話が脆くも次々と崩れ去る昨今ですが、私はこれをマイナス現象ではなく、次の時代の転換期としてのプラス現象と捉えたく思います。

  まず永い地球の歴史の再認識をしたいと思います。地球が誕生して一般的に46億年と言われます。私達の人類史は地球時間を一年365日に換算すると、エジプト等古代文明を起源と考えた場合にそれが誕生したのは大晦日の23時59分50秒台の事になります。それ程の短い時の中で私達は余りにも多くの常識論に縛られてはいませんか。こうであるはず、あるべき、しなければならない等と、宇宙の目で見たら些細過ぎて笑ってしまう程です。常識に捕らわれると、その中でしか発想出来なくなり本来の人間の能力も忘れて矮小化してしまうものです。

  明日で世界が終わるかもしれないと思うと、マイナス思考をしがちですが、だからこそ今と云う時間を精一杯楽しく素敵に生きようとプラス思考をすれば、今が限りなく愛おしく思えて来ます。今と云う瞬間に生きる事で過去を懐かしむ事も、未来を思い煩う必要もなくなります。時間と空間は地球人の概念に過ぎなくて、宇宙ではそれを超越して今と云う瞬間しかない・・・とここまで常識を取り払ってしまうと、まったく違う次元に到達するのかも知れません。

  本来の人間の能力が開花する時代の到来だと思うと、今生きている事が楽しくて仕方ありません。

2012年4月6日 榎木孝明

このページの先頭へ

2012年4月2日

  14年間続けて来たファンクラブを終了する事にしました。
何故止めてしまうのかとの話もありますが、人間の生と死と同じ様に、何事にも始まりと終わりがあります。区切りを付けて、又新たな旅立ちと思って頂ければ幸いです。

  昨年の3.11の大震災と原発事故は世界に大きな衝撃を与えました。
それは地球が今大きな節目に差し掛かっている象徴にも思えました。
永い地球の歴史の中で今の人類の誕生と成長は偶然の産物ではありません。
私達一人一人の存在にも意味があります。偶然は必然との真理に世界の人々が気付けば、自分の本当の存在理由が解り、感謝の念が生まれ、世界はもっと平和になるはずでしたが、どこでボタンを掛け違えたのか、今世界はとてもおかしなことになってしまいました。しかしその軌道修正をするチャンスを与える意味で、地球上にはいろいろな現象が起きています。それは私達に気付きを促す地球の優しさなのです。その受け取り方と選択は私達に任せられています。
その試練に気付き、今自分が何をすべきかを一人一人が問われている時代なのです。

  今、人類の最大の課題はエゴからの卒業です。つまり“オレがオレが”の気持ちから、“皆の為に”への切り換えです。いくら頑張って個人の財産を築いた処で一瞬の津波で全てがさらわれたのは私達への啓示だと気づき、他人事ではなく自分に示された事だと思えた時、私達の思考と行動は変わります。
それに気付かなければ又新たな現象が起きることになります。
それ程大きなサイクルでこの世の中は動いているのだと云う事を私達はもっと自覚すべきでしょう。

  私は次の段階へ行く為に今年、時代劇再生運動を始めました。 時代劇を通じて本来の日本の精神文化を再認識して、それを世界に波及させることで世界の人々の意識をいい方向へ変えましょう。
との壮大な運動です。世界の平和などと大きな事の為に自分は何も出来ないと思うのは間違いです。一人一人の意識がこれまでの世の中を創り、そして変えて来た事を思えば、まずは自分の中に強く思う事こそが全ての始まりなのです。

  近々立ち上げ予定のホームページ上で、時代劇再生運動の活動状況はお伝えします。あなたも地球の為、宇宙の為に出来る事を是非探して下さい。

2012年4月2日 榎木孝明

このページの先頭へ

2012年3月12日

  昨年一年間の自殺者が三万人を超すと云う記事がありました。
これで14年間連続で三万人超えです。交通事故死は法規が厳しくなり死亡率は年々減ってきましたが、自殺者の数には歯止めが掛かりません。自殺の原因は健康問題、経済・生活問題、家庭問題、学校問題などとなっていますが、いずれも生きるのを諦めた悲観型思考と見受けられます。
日本政府も自殺防止対策を講じていますが、自殺者の立場で考えるといくら死ぬなと止められても、根本的な気持ちが変わらない以上、一時凌ぎに過ぎず、又元の黙阿弥です。

  私はこの根本原因を戦後の教育の中で死生観の教えをやってこなかった事と、日本人の精神の弱体化にあると見ます。私の育った昭和30年代には、まだ辛うじて人の生と死は身近にありました。 赤ん坊は自宅の納戸で産婆さんが取り上げていたし、老人は畳の上で死んで行きました。その様子を子供達は目にしていたので、生と死は自分とは無関係ではありませんでした。祖母からは幼心にも魂の存在を教わり、自らの死で肉体と魂の関係を知らせてくれました。

  医学の発展のお蔭で人の生も死も病院へ行ってしまい、近代医療の金字塔を打ち立てた割には技術が先行した分、命の本来の意味がなおざりにされて来たのは否めません。命の尊厳が語られる一方で、物理的な肉体と魂の関係は教育の中にも出て来ない現状があります。私が今提唱している「時代劇再生運動」は、人間の生と死の問題にも真正面から取り組む活動にして行きたいと思っています。

2012年3月12日 榎木孝明

このページの先頭へ

2012年1月31日

 2012年が明けまして、早やひと月が過ぎようとしています。
新たな夜明けは地球上のどんな場所にも訪れますが、昨年の東日本大震災で被災された方々や、福島第一原発で故郷を離れざるを得なかった方々の事を思わずにはいられません。今年はこの後自分に何が出来るか一生懸命に考えて行動に移したいと思っています。

 さて「アセンション」と云う言葉が近年取りざたされて、今年はいよいよその本番の年と言われています。アセンションは次元上昇と訳されますが、私の解釈は人間の意識が変わる事でこの地球も変化していくと云うものです。

 そこで私は年明けから「時代劇再生運動」を始めました。時代劇には日本人の精神文化の粋が込められています。今、時代劇の製作がどんどん失くなって行く中でもっと国に働きかけ国の輸出産業に育てて、世界に武士道精神を波及する運動を広めようと思っています。人間の意識を変える事で今の乱れた世界の状況を好転させようとの発想です。
日本人自身がその精神性の素晴らしさを認識すると、時代劇の楽しさがもっと浸透していくと思います。

 今後新しい展開を次々にお知らせしますので、どうぞ楽しみにして下さい。そして共感を覚えて下さったら是非御賛同ください。一緒にこの運動に参加して下さい。あなたにもきっとあなたなりのやれる事がありますから。

2012年1月31日 榎木孝明

このページの先頭へ