榎木孝明の近況や日々感じた事柄を文章にして、毎月更新しています。
榎木孝明

2026年8月1日 茶飲み友達

お茶をたしなむ習慣は古くから世界中であり、その時間は心の余裕の表れであるかと思う。私の故郷の鹿児島は、昔からお茶の名産地として知られている。私の田舎ではお茶は買って飲むものではなく、自分の家で作って飲むものであった。

父親は公務員だったが、家族で食べる分の米と野菜とお茶は自給自足だった。家のすぐ近くに小さな田んぼがあり、幼い頃から田植えと稲刈りを手伝わされて育った。裏の畑には野菜が実り、季節毎に旬の野菜が収穫出来て、野菜を買う習慣はなかった。
少し遠い山の中に小さな茶畑があり、毎年5月には家族総出のお茶摘みの日が決まっていた。お茶の葉は、母親が大きな釜で手もみしながら乾燥させ、1年間の飲むお茶に仕立てていた。今から思うと何でもない日常が、豊かな日本の文化に通じる日々であった。

就学前の私は祖母に手を引かれて、村中の茶飲み友達のところを連れ回される日々だった。井戸端会議の場所は大体決まっていて、村の老人たちが集まって何時間も飽きずに話をしていた。幼い私に出されるお茶には、必ず砂糖を入れて甘いお茶にしてくれていた。日々のたわいのない会話が、心の豊かさや余裕を醸し出していたあの頃を時々懐かしく思い出す。

今も時間ができると喫茶店巡りをして、何でもない時の過ぎ行く楽しさを味わうのは、幼い頃のあのたゆたう時の流れを懐かしんでの事のような気がする。

榎木孝明

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